2025年2月27日木曜日

「山月記」‐中島敦を解剖

長かった寒波も去り、心地よい太陽の日差し浴びれるようになりましたね。

私などは年甲斐もなく、仕事終わりにスマホを取り出し、モンスターハンターNOWという、ポケモンGOのようなゲームをやっているわけですが、春の到来にホッとするような気持ちで楽しんでいます。


閑話休題。今回は、恐れ多くも、国語の教科書にも掲載されている「山月記」を解剖していきたいと思います。最後まで楽しんで頂けると幸いです。


できるだけ分かりやすく書いたつもりなので、楽しんで頂けると幸いです。





あらすじ


唐の時代、隴西(ろうさい)の李徴(りちょう)は、若くして難関の試験を突破する秀才でしたが、他人には心を開かず、身分の低い役人でいることに我慢なりませんでした。そこで彼は山に籠り、詩作で成り上がろうとしたのです。


ところが生活は窮困するばかりで、詩の道にも絶望し、焦った李徴は、再び役人に戻ったのですが、同期の者は彼よりも高官となっており、彼らの元で働かなねばならぬことが更に彼を傷つけました。そしてある時は発狂し、行方をくらましてしまいます。


その翌年、陳郡(ちんぐん)の袁傪(えんさん)という役人は、夜中に人喰い虎に出くわしました。が、その虎の声は、なんと袁傪の友である李徴のものだったのです。実は李徴は自身でも分からぬうちに虎になってしまい、人間の心と虎の心とを行き来しているのだといいます。しかし、徐々に人間でいられる時間も少なくなってきている様子。このままでは身も心も虎となってしまい、人間ではなくなってしまうのだというのです。李徴はそうした運命を受け入れており、友人である袁傪に、人間として、最後の頼みを述べるのでした。それは自身が詠んだ詩を袁傪に託し、後世に伝えたいというものです。ですが、袁傪はそれらの詩に非凡さを感じながらも、第一流の作品には欠けるものを感じていました。


詩を詠み終えると、李徴は自身の人間だった頃を振り返りはじめます。人間だった頃の彼は、人との交流を避け、高慢な態度をとっていました。また、そうかと思えば、進んで先生に教えを請うこともせず、詩の友達をつくり切磋琢磨することもありませんでした。それらを彼自身、「臆病な自尊心と寛大な羞恥心」だと断じ、自身の才能を喰い潰し、それらを飼い太らせてしまったが故に、虎になってしまったのだというのです。

李徴は自身について話し終えると、最早虎となるばかりの身となった自身と別れる時が来たと言い、袁傪が丘の上に着いた頃、きた道を振り返ると、遠くの叢から一匹の虎が月を仰いで二、三度吠えて、叢の中へと消えていったのでした。



解剖



この作品において最大の疑問は、「李徴はなぜ虎になったのか」ということでしょう。彼自身はこれを自身の、「臆病な自尊心と寛大な羞恥心」にあると分析しています。より具体的には、

自身の故郷で、鬼才と持て囃されていた自身に芽生えた自尊心を他者に傷つけられるのではないかという臆病な性質。

また、自慢の詩も、先生や友に批判されるのではないか。そして同僚からの指摘からの辱めにあうのではないかといった、尊大な羞恥心。

などといったものでしょう。それらを抱え、太らせていくうちに虎になったのだと考えている訳です。


ところで、虎になるとまではいかずとも、こうした失敗によって、孤立感を感じ、世間と隔たれるといった事は、私達の身の上にもあるのではないでしょうか。
かく言う私も、李徴のような心情に身に覚えがないわけではありません。私にとって文章がそれにあたります。小学校の頃、苛められっ子であった私は、国語の先生に読書感想文を褒められたことをきっかけに、文章に興味を持ちはじめました。
しかし、そこから何か行動したのか言えば、文章の練習も禄にせず、自身の行動や失敗を友達に誂われるばかりの毎日を過ごしてるだけでした。そしてその心中では、「ぼくはこいつ等とは違う。文才に秀でているのだ」と、しがみついていたのでした。寛大な羞恥心は定かではありませんが、自尊心は充分持ち合わせていました。
こうして私は、学校生活を他の生徒と一緒に過ごしながらも、心のどこかは孤独で、自身をさらけ出すことについてはこと臆病になっていました。

そうして、自身の思い込みが間違っていたのだと気づいたのは、大学での研究発表のときでした。当時研究のリーダーを務めていた先輩から、「こんな文章では世の中に出ることは叶わない。本気でやる気があるのであれば、勉強しなければならない」と言われたことがきっかけです。実力も実績も自分なんかよりも遥かに勝っている先輩に指摘されて、すっかり私は反論する気どころか、心のなかで平伏するしかありませんでした。

結論


私の恥の話はこのぐらいとして、物語に話を戻すと、虎という表現は単なる比喩であり、現実の私達の中にも、こうした自尊心、羞恥心を抱えているばかりに、人と隔たって生きいる人々は少なくないのではないでしょうか。
ですが、いつまでの隔たりを感じながら生きなければならないのかと言えば、そうではありません。李徴が振り返っているように、自身の弱さに気づき、さっさと受け入れてしまえば良いのです。それが難しいという批判もあるでしょうが、だからこそ、人の中で揉まれなければならないのでしょう。


もし私の文章を読んで、踏みとどまっている方がいるのであれば、李徴のように、虎にならぬ前に、勇気の一歩を踏み出してはいかがでしょうか。私のその道の半ばです。

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2025年2月21日金曜日

ピース又吉さんの「走れメロス」を視聴して

先日、ピース又吉さんの、「走れメロス」の解説を視聴したのですが、どうも腑に落ちませんでした。



この企画はYouTubeでアップされており、太宰治の名著である「走れメロス」を分析し、面白おかしく解説しようという企画でした。

又吉さん曰く、メロスは直情的で無鉄砲。そして自己評価の高い、自意識過剰の人物として取り上げられていました。

ですが私はこの解説を聞いて笑わなかったわけではありませんが、物語の核心に触れ損ねているような気がしてなりませんでした。

そこで今回は、私自身のメロスを論じることによって、私が感じる違和感を整理していこうと思います。



2025年2月13日木曜日

社会人のための読書①菊池寛

社会人のための読書 

仕事の帰りが特別遅いというわけではありませんが、読書ペースが落ちてきてしまいました。テレビやYouTubeなどは心身ともに疲れていても、受動的に情報がはいってくるのですが、小説となるとどうでしょう。能動的に文章を整理し、物語を自身の頭脳でつくりあげていかなければなりません。ですが、読了したあとは、達成感と共に、その世界の余韻に長く浸ることができると思うのは私だけではありません。


そうは言うものの、社会人ともなると、読書の時間を設けるのも一苦労ですし、ご家庭を持っている方だと尚更なことでしょう。

そこで、数年「青空文庫」の作品を扱って評論をした私が、短い時間でも読める作品をピックアップしていこうと思います。今回は、「菊池寛」作品をいくつか紹介していきます。


菊池寛の世界

もともと夏目漱石や芥川龍之介と同じ時代の作家ですが、漱石にその才を認められず、弟子になることは叶いませんでした。芸術思考の漱石とは対照的に、大衆的でストーリー性の強さが菊池の作風だと言えます。

一方で芥川は菊池を慕っていたようで、菊池も彼の才能は高く評価していたようで、金銭的な援助もおこなっていました。また文藝春秋を創刊者であり、記者たちに自宅のご飯を振る舞っていたのだとか。そうした彼の人情味あふれる人柄は作風にも反映されており、どこか人の暖かさや義理堅さを感じるものが多いのも特徴です。


青空文庫読者が選んだ、菊池寛作品

・恩讐の彼方に

自身の保身の為に、主人を切り捨ててしまった主人公、「市九郎」は、妾とともに逃げおおせ、悪逆を重ねます。しかし、妾の浅ましさに次第に嫌気がさし、真言の寺へ得度しました。修行の中で、自身のそれまでの非道を悔いはじめ、償い方を模索していくのです。
どこまでいっても主観的だった主人公が、償う道を模索する中で、自身の目的を見つける、成長譚になっています。30分もあれば読める文章量ですが、読後感はそれ以上のものだと思います。特に、「誰の為」、「何のため」といった目的を失いかけている方がいらっしゃいましたら、それを打開するヒントになり得るかもしれません。

・大島が出来る話

「譲吉」は高等商業の予科に在学中、故郷にいる父が破産して退学の危機に直面したことがあります。そんな彼を救ってくれた人物こそ、同窓の友人の父、「近藤氏」だったのです。以来、彼は「近藤夫人」の手から学資を頂いていました。そして、学校を卒業して社会人になっても彼と彼女の関係は変わることはなく、譲吉は何かあると近藤夫人を頼り、彼女は彼女で彼の欲しがるものを与えていました。ですが、そんな彼でもたったひとつだけ手に入らないものがありました。それが「大島絣の揃い」でした。彼は大島を買いたいとは思いつつも金銭の問題から購入には至らず、それを買う機会を次第に失っていきます。
そんなある時、譲吉は電報でお世話になっていた近藤夫人が突然亡くなったことを知ることになります。これまで彼の生活を影で支えていた人物の死を聞いて、譲吉の心には大きな穴が開いてしまいます。
そうして途方に暮れていた譲吉は、近藤の家からあるものを受け取ります。これが譲吉の心に新たな影をつくることになってしまうのです。

人の義理や人情に主眼をおいた菊池作品

この他にも、魅力的な菊池作品は多く存在します。ときに熱く、ときにユーモアや皮肉に溢れた菊池作品の世界を覗いてはみませんか?

2025年2月12日水曜日

生きることを強要すること

 久しぶりの更新となってしまいました。わたくしごとではありますが、休職期間を終えて本日復帰しました。一ヶ月ぶりの現場に緊張と困惑しながらも、無事一日を終えました。牛歩ではありますが、再び精進して行きたいと思います。


さて私が休職する一ヶ月前、ユニット会議でこのような議題があがりました。「看取り期の入居者様が食事に対し拒否を示しているにもかかわらず、口を開くからという理由で介助を行うことは不適切ケアなのではないか。」というものでした。またその際の声掛けとしてよく耳にするものが、「元気になって退院しないと」、「ご家族の方が心配されますよ」などというものです。前者に関しては明らかな嘘ですが、後者に関しては真実が含まれています。しかし何か不誠実さを個人的には感じてしまいます。というのも、それが誰の内面に入り込んで、表現された言葉であるのかということ考えた時、入居者様当人の面影が薄いように感じるからです。

入居者様は、食事を数口、或いは何も食べずに「お腹がいっぱいである」、「欲しくない」。果ては、「辛い、殺してほしい」といった良心の呵責を感じる言葉を投げかけてきます。その入居者様に対し、上記のような、追い込む声掛けを行ったところで事態は好転するとはとても思えません。私達のユニットでは、看取りカンファレンスの文書には、「食事の際、本氏の意向を尊重し、無理なく食事を楽しんでいただく」といった文言が常に記されています。裏を返すと、記しても、食事をすすめる職員の存在が一定数いることを意味しているのです。

高齢者施設に入居されている入居者様は、社会的にも自身の身体的にも、旅立ちの準備を始めています。そうした自然の流れに逆らって、生きる努力をさせたいのであれば、食べさせるよりも生きさせたいと腹の底から思わせることが順序として先にくるべきなのではないでしょうか。その努力を怠り、生きることを強要することについては、歪さを感じずにはいられません。

高齢者施設での生活とは、「生き続けさせること」ではなく「生きて亡くなる、その過程」を指すのだと思います。今日より改めて、自身のそのことを言い聞かせながら、業務に励んで行く次第。

2025年2月7日金曜日

不適切ケアと正論について

 「正論は誰も幸せにしない」とは、あるプロゲーマーの言葉です。曰く、加害者に正論を大勢で投げかけてみても萎縮するだけで、言動や行動の意図が不明瞭な儘、改善策が見えてこない。まず当事者の立場に立つことが重要だそうです。


今回、SNSを通して、しみじみこのように思いました。

とある方が、休日をとっているケアマネジャーに対し、「通話に出てくれないと仕事に支障がでるじゃい」といったような意図のポストをXで行っていました。これに対し、私含め、大衆は、「休日の日まで働かせるつもりなのかな?」という違和感を覚え、無条件に非難してしまったのです。

ですが、思い返せば相手の方の細かい事情など、まるでわかっていません。会社から支給されたスタートフォンを持たされていたのか、あるいはそのような同意があったのか、まるで分からず仕舞いでした。

私はこのような決めつけをしてしまった自身を恥じるとともに、以前にも、施設で似たようなことをしてしまったことを思い出しました。


公務員であったMさんは、食事の際、机にこぼした食べ物を拾って食べるだけならまだしも、指で摘んで食べ物を食べたり、更に茶碗やお皿を舐め回すといったように、マナーがよくありません。更に自身が終わると、周りの利用者な職員の状況などはいざ知らず、車椅子で身動きが取れない自分を部屋に誘導してほしいと訴えるのです。私はこの2点を施設で集団生活する上で問題になると捉え、その改善方法を模索を試みました。


そして、当人へのヒヤリングの結果、Mさんは商売人の家で、「商人の子供であるなら、目の前のことに集中し、さっさと黙って食べる」といった教育のもと育ってきました。幼い頃のMさんにはこれがどうのように、映ったのでしょうか。おそらく食事というものについて、味以外の楽しみが一切なく、団欒とは無縁の環境だった為、家族で食べる喜びが楽しみというものはなかったでしょう。


ゆっくりとよく噛んで食べることが常識となっており、また友達や家族と食卓を囲み楽しむことが当たり前になっている私達にとって、こうした価値観は受け入れがたく、Mさんも同じような体験をすれば考え方も変わるだろうという幻想を抱いてしまいそうになります。ですが、幼少期のMさんにとって、その食事風景にいいも悪いも評価ができず、家族のその食事のあり方が全てであり、それ以外はありえないのです。ですから、施設での食事風景はMさんからすれば、「何故他の者達はタラタラとご飯を食べているのか。さっさとかきこんで食べてしまえば良いではないか」というような見え方になっているでしょう。

事実、私がMさんに居室への誘導を依頼された際、他の利用者が食べていることを理由に断ると、「そんなんさっさと食べさせてしまえばいいやないか!」と立腹していました。私はこれを単なる暴言だと捉えており、なぜこの人はこのような横柄なことを言うのかと不思議で仕方ありませんでした。ですが、Mさんにとって、それは暴言ではなく、そのあり方こそがMさんの食事の作法だったのです。



ヒヤリングをする以前、私はMさんの言動は、単なる暴言だとばかり思っていましたが、そうではなかったのです。SNSの方も、不当にケアマネジャーを働かせようとしていたのではなく、正義感、義務感がそのような言葉として表れたに過ぎなかったのでしょう。

確かに大衆からすれば、上記の2つは正論のように見えます。ですが、それらが不適切な対応だったのだとすれば、果たしてそれは正論だったのでしょうか。
答えの糸口は、本質の周りをうろついている正論の衣をかぶった誰かの主張にあるのではなく、当人の心に飛び込んだところにあるはずだったのです。

2025年2月6日木曜日

「高熱隧道」-吉村昭著を読んで 

昨今、SNSやテレビではフジテレビの問題が取り上げられています。テレビの業界とは一見して、華やかで非日常的な世界に思われますが、その内情はどうやら私達が想像した以上に常軌を逸した現状があったようです。今回扱っている、「高熱隧道」も、岩盤摂氏が100℃を超える世界で、掘鑿するという常軌を逸した現場です。そうした世界では常軌を逸しているだけに、現場の者は、事態に愚鈍にならざるを得ず諦める事に慣れ、また監督者は演技や演出を求められていました。しかし、あるボタンのかけ違いによって、問題が表面化してしまったのです。件の問題も、そうしたかけ違い、それも人道を踏み外した大きなかけ違いによって表面化した産物なのではないかと思えてなりません。そんなことを考えつつ、論じてみました。




 昭和11年に着工した、黒部第三発電所の建設は、人間の侵入を拒み続けた峡谷に、隧道を掘鑿する難工事でした。技師である「藤平」は、隧道貫通の為、人夫たちを酷使し続けました。岩盤温度が上昇し、作業不能な者が出ようとも、その温度によってダイナマイトが爆破し死者が出ようとも、工事は中止の目処が立ちません。その様は、掘鑿が進むにつれて、自然の脅威が屍の山を積み上げていくようでした。ところが人夫の方でも、怯えたり、動揺したりするものの、高い工賃を得る為に山を降りることはありません。

しかし、工事もいよいよというところで再び事件が起こります。人夫の宿舎が雪崩に襲われ、同時に火災も起こってしまい、28名の新たな犠牲者が出てしまいました。「藤平」達にとっては、幸いとも言うべきか事後処理は思いの外円滑に行われましたが、また新たな事件が起こりました。なんと、雪解けの時期になり、雪崩に巻き込まれたと思われる中年の穿孔夫の遺体が新たに見つかったのです。しかし、遺族の引き取りも終わり、事態が収束しかかっている今、新たな混乱を恐れた今、「藤平」達は宿舎から離れた場所に密かに埋葬することしました。ここから、「藤平」と人夫との関係には確執が生じ、命の危機を感じることになったのです。


ここまで整理してみると、人夫は何故、今更、「藤平」達に怨恨を抱きはじめたのでしょうか。そもそも彼らは、命をかけなければいけない程の難易度の高い隧道の掘鑿をする代わりに、高い工賃が支払われていました。つまり、金銭が命の代価という訳です。そしてこうした不条理な関係は、彼らの感覚をも鈍らせていました。彼らは仲間の死が何故起こったのかという点に対しては怠惰であり、詮索しようとはしません。更に、身近にある死は、彼らから思考を奪うばかりでなく、死に対しる諦めを抱かせているようでした。

一方、「藤平」ら技師達は、彼らを監督し作業を円滑に進めることで金銭が支払われています。金銭の原理が全く違うのです。ですが平時は、ダイナマイトで爆破した人夫達の屍を担いだり、彼らに寄り添うといった演技によって、人夫と技師とは一蓮托生の関係であるかのような演出で誤魔化していました。その心中の大体は打算であり、人夫の命は二の次だったようです。

しかし、そうした彼らの関係にも歪みが生じてしまいます。それが雪解けの時期に出てきた遺体の問題です。「藤平」らからすれば、遺体は事態を悪化させかねない厄介な躯にすぎませんが、人夫らにとっては違います。彼らにとっては遺体となった今でも苦楽を共にした同朋です。無論、「藤平」らも弁えていたでしょうが、演技をすることは、彼らの立場を危うくしてしまいます。これまでは、「藤平」らの演出は、現実を良い状態へと運ぶ改善策として用いられていましたが、今回は一致しないどころか悪化してしまう可能性があるのです。

こうして、「藤平」らの演出は、自らの決断によって露呈してしまった訳ですが、こうなると人夫達の気持はどうなるでしょう。これまで技師たちに寄せていた技師たちへの信頼が高ければ高い程に、鈍化した感覚を呼び起こすだけではなく、強い怨恨へと変わってしまったのでしょう。そうして彼らは自らが築き上げてきた信頼という山の頂きから恐怖を感じ、完工と同時に一足はやく山を降りなければならなくなってしまったのです。

2025年2月5日水曜日

後・なぜ福祉の道を諦めるのか

 本日昼頃、関西では珍しく吹雪いておりましたが、皆さんの地域ではいかがだったでしょうか。よろしければ、こちらのブログでもXでもお気軽に報告頂けると思います。



そう言えば、あれもこのような時期でした。当時、私はデイサービスに勤めており、クリスマス会の準備をしておりました。その担当に任命された私はどうにか会を盛り上げるため、奮闘していたのを今でも覚えています。自宅に帰りスケジュールを組んだり、休み時間中、他のスタッフとの打ち合わせ。さらには前日の休日出勤までしました。その甲斐あってか、会は盛況のうちに終わりました。当時の上司は皆を大げさに褒めてくださり、私の給料にもいくらか色もつけてもくれたのです。色と言っても本当にささやかなものではありましたが、その心配りが非常に嬉しく、振り返れば介護士としての人生で、あのひとときが一番充実していました。

現在の施設は当時とは比べ物にならない程の給料や休暇体制、学習の機会を設けて下さっています。その分、仕事量も一段と多く、求められる事も非常に多くなってきました。入居者の為に、遅出という時間帯をつくり、21時まで就業する体制となりました。正社員は基本的にこの時間帯の勤務が常となり、アフター5というものがありません。また余暇も、会社からの学習の時間、ユニットの買い物の時間にあてることもしばしばありました。

確かに物理的な対価はデイサービスの頃よりも多くなりましたが、その一方で、心の側は満たされることはありませんでした。

数年前、私の施設では新型コロナウイルスのクラスターによって、尊い入居者様の命が奪われました。ある入居者様の奥様はその憤りを施設に対し顕にしました。しかし奥様は私のことだけは、最後まで信頼を寄せて頂いていたご様子で、お別れの際には「わたしがここにはいるまで凛之介さんは勤めていて下さいね」と仰って下さっていたことは今でも覚えており、胸を熱くさせます。憤る奥様と施設とを繋ぎ止めたものの中に、幾らか私の存在はあったことでしょう。ですが、それに対し、声をかけてくれた職員や上司は皆無でした。


介護報酬の改定や社会保障の観点から、介護士の待遇が上がっていかないことはある程度承知しているつもりです。ですが、介護の世界は私達に対し、捧げることばかりを要求し、人間扱いしたり、金銭以外で評価する姿勢を示したことがありません。

ハラスメントについてもそうです。不適切ケアで話されることと言えば、攻撃された入居者様が被害者という側面ばかりがフォーカスされてしまいます。ですが、介護士たちはストレスだけで不適切なケアをしてしまっているのではありません。無論、不適切ケアを正当化するつもりは微塵もありませんが、入居者様の中には、唾を吐きつけたり、介護士の皮膚を噛んで出血を負わせる方もいらっしゃることも事実です。通常、社会ではこうした事例についてはカスタマーハラスメントや暴力として処理され、幾分かの責任を負わされることでしょう。しかし一歩介護施設の中に入れば、認知症高齢者というだけで全面的に介護士がその責任を負わされる風土に関しては、業界の歪さを感じずにいられましょうか!

以上の理由から、私は介護士として業界に従事し続けることを諦めるに至りました。今回は不愉快に思った方も少なからずいらしゃったかもしれません。ですが人材の待遇については業界の大きな問題です。私や前編で上げた女性だけではなく、福祉業界に従事しはじめ、それなりの仕事ぶりを発揮すると統括部に抜擢されるものの、疲弊し退職する方が後を絶ちません。業界としてこの問題の解決は急務の筈です。

私は介護士として従事することは諦めましたが、業界の問題については別方法で解決策を見つけていきたいと思っています。

2025年2月4日火曜日

「殺人出産」-村田沙莉香著を読んで

 ブログのタイトルを変えてみました。

もともと介護士としての奮闘記を綴ろうかと思っていましたが、読書の色も強くなりそうなので、少し路線変更しようと思った次第です。



さて、今回読んだ作品は、第155回芥川賞を受賞した、「殺人出産」です。

今よりも何十年か先の未来。代理出産によって子どもを10人出産すれば、1回の殺人の権利が認められる時代。主人公「育子」の姉は、若くして「産み人」となっていました。はじめは姉の選択に否定的だった彼女も、いつしか姉の選択を受け入れいくようになっていきます。その反面、「産み人」として人生を終えるかもしれない姉の姿をどこかで受け入れがたく思っている節も彼女にはあるようでした。

そんな中、「育子」は最近会社に入ってきた同僚の「早紀子」から、「ルドベキア会」なる組織に所属していることを伝えられ、「産み人」システムに対し、否定的な考え方を聞かせれます。更に「早紀子」は、「育子」の姉はシステムの犠牲者であり、世界を正しく戻すべきだと主張するのでした。2つの相容れない考えの中で、「育子」はどのような結論を出すのでしょうか。


この作品のポイントは、殺人が単なる個人的なエゴなのではなく、社会的役割を持っている点。そして「産み人」と殺される対象である「死に人」が人類の生存の礎の対象であり、作品の中で尊く扱われれている点にあります。つまり生まれてくる人数と殺せる人数は兎も角として、物理的に生と死が等価値なものとして扱われているといっていいでしょう。

とは言え、私達の中に、こうした倫理観を受け入れられる者はそう多くない筈です。何故なら、「私達の社会」では、殺人はどこまでいっても殺人に他ならないから。つまりどれだけ違和感、拒否反応示そうとも、そうした感覚は絶対的なものではなく、社会との相対的なものに過ぎないからです。

例えば、私は子どもの頃、母方の祖母に、将来は芸能人のように髪を染めてみたいという旨を伝えましたが、祖母は「親から貰った髪を粗末に使うような真似をして」と毒づいていました。ですが昨今、そのように毒づく老婆など存在するでしょうか。今や老若男女が髪を染めている時代です。男性の化粧、ジェンダーの問題などもそうでしょう。社会が受け入れさえすれば、そうした感覚すらも変化していってしまうのです。

他方、作中では虫のスナック菓子が流行っている描写が度々描かれています。食料需給に困難が生じている描写がない為、それらは人間の娯楽として食べられている様子。また、そればかりか、本作では姉は度々虫を殺す習性があったことも描かれていました。生物種が違うとは言え、「いのち」を考える場合、それらは誰がどのようにその価値や扱いを決めているのでしょうか。

このように、数字や法律の上で「いのち」を図るような試みがある一方で、その枠から外れた「いのち」については、個人の裁量に委ねられるところがあります。

作品の顛末、姉は「死に人」にある人物を選び、「育子」はその手伝いを知ることになります。2人がその人物のお腹を割くと、そこから胎児が出てきました。2人はこの胎児に対し、自分たちがどのような態度を取るべきか、議論をはじめます。無論この事実は2人しか知らず、2人がこの事実に対し、目を瞑ることもできるようです。そして作品世界の殉教者とも言うべき姉は、この矛盾を自身が再び「産み人」となることで解消していくことにしたのでした。

「芋粥」‐芥川龍之介を解剖

 更新ペースを週二回にしようと心がけているつもりなのですが、どうにもうまくサイクルがつくれません。 週末は花粉症に悶えておりました。 読者の皆様も、花粉症には充分お気をつけください。 さて、今回は、芥川龍之介の短編です。 あらすじ 平安朝の頃、平凡でだらしがない風貌の五位(昇殿を...