2025年2月5日水曜日

後・なぜ福祉の道を諦めるのか

 本日昼頃、関西では珍しく吹雪いておりましたが、皆さんの地域ではいかがだったでしょうか。よろしければ、こちらのブログでもXでもお気軽に報告頂けると思います。



そう言えば、あれもこのような時期でした。当時、私はデイサービスに勤めており、クリスマス会の準備をしておりました。その担当に任命された私はどうにか会を盛り上げるため、奮闘していたのを今でも覚えています。自宅に帰りスケジュールを組んだり、休み時間中、他のスタッフとの打ち合わせ。さらには前日の休日出勤までしました。その甲斐あってか、会は盛況のうちに終わりました。当時の上司は皆を大げさに褒めてくださり、私の給料にもいくらか色もつけてもくれたのです。色と言っても本当にささやかなものではありましたが、その心配りが非常に嬉しく、振り返れば介護士としての人生で、あのひとときが一番充実していました。

現在の施設は当時とは比べ物にならない程の給料や休暇体制、学習の機会を設けて下さっています。その分、仕事量も一段と多く、求められる事も非常に多くなってきました。入居者の為に、遅出という時間帯をつくり、21時まで就業する体制となりました。正社員は基本的にこの時間帯の勤務が常となり、アフター5というものがありません。また余暇も、会社からの学習の時間、ユニットの買い物の時間にあてることもしばしばありました。

確かに物理的な対価はデイサービスの頃よりも多くなりましたが、その一方で、心の側は満たされることはありませんでした。

数年前、私の施設では新型コロナウイルスのクラスターによって、尊い入居者様の命が奪われました。ある入居者様の奥様はその憤りを施設に対し顕にしました。しかし奥様は私のことだけは、最後まで信頼を寄せて頂いていたご様子で、お別れの際には「わたしがここにはいるまで凛之介さんは勤めていて下さいね」と仰って下さっていたことは今でも覚えており、胸を熱くさせます。憤る奥様と施設とを繋ぎ止めたものの中に、幾らか私の存在はあったことでしょう。ですが、それに対し、声をかけてくれた職員や上司は皆無でした。


介護報酬の改定や社会保障の観点から、介護士の待遇が上がっていかないことはある程度承知しているつもりです。ですが、介護の世界は私達に対し、捧げることばかりを要求し、人間扱いしたり、金銭以外で評価する姿勢を示したことがありません。

ハラスメントについてもそうです。不適切ケアで話されることと言えば、攻撃された入居者様が被害者という側面ばかりがフォーカスされてしまいます。ですが、介護士たちはストレスだけで不適切なケアをしてしまっているのではありません。無論、不適切ケアを正当化するつもりは微塵もありませんが、入居者様の中には、唾を吐きつけたり、介護士の皮膚を噛んで出血を負わせる方もいらっしゃることも事実です。通常、社会ではこうした事例についてはカスタマーハラスメントや暴力として処理され、幾分かの責任を負わされることでしょう。しかし一歩介護施設の中に入れば、認知症高齢者というだけで全面的に介護士がその責任を負わされる風土に関しては、業界の歪さを感じずにいられましょうか!

以上の理由から、私は介護士として業界に従事し続けることを諦めるに至りました。今回は不愉快に思った方も少なからずいらしゃったかもしれません。ですが人材の待遇については業界の大きな問題です。私や前編で上げた女性だけではなく、福祉業界に従事しはじめ、それなりの仕事ぶりを発揮すると統括部に抜擢されるものの、疲弊し退職する方が後を絶ちません。業界としてこの問題の解決は急務の筈です。

私は介護士として従事することは諦めましたが、業界の問題については別方法で解決策を見つけていきたいと思っています。

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