2025年1月31日金曜日

デートピアを読んで

 話題の安堂ホセさんの「デートピア」を読ませて頂きました。できるだけネタバレは避けつつ、感想を述べていきたいと思います。




前半は帯にもある通りの恋愛リアリティ・ショーが太平洋の楽園で展開されます。と言っても、本当に序盤だけです。古今東西から集まった美男がミス・ユニバースの心をいかに掴むのか、と思えば、話は途端に、その中の一人、「Mr.東京」の過去へと移っていくのです。

ここで多くの読者は、遊園地に来たつもりがいきなり心霊スポットに連れてこられた、或いは日常系の映画を観ていたつもりがサスペンスを観せられていた感覚に陥ったのではないでしょうか。

そして語り手は、主人公の過去をよく知っている「モモ」という人物だということが、この前後で明かされます。なんと「モモ」は過去に「Mr.東京」こと「汽水」に、中学時代、お互いの同意(?)を経て睾丸の片側を摘出されていた過去を持っていました。当然彼の父親は激昂し、2人を激しく非難します。

ところが彼らの反論がなんとも面白い。「モモ」は、一般的な父親が自負している愛情や義務といった視線を「暴力」と糾弾し、「汽水」に至っては、何もせずただ見守っていただけだと主張する父親に対し、「モモ」から睾丸を摘出するという選択肢を奪ったではないか、と反論するのです。

身近な例えをすると、男性が女性に向ける淫らな視線。親が子に優秀であって欲しい。そこまではいかずとも、朗らか、健康であって欲しいといった願い。そうしたものが当人達の精神を蝕みはじめると、それは立派な「暴力」として成立するのではないでしょうか。


そうした「暴力」を避ける、或いは逃れる為、2人は互いの生き方を模索していくことになるのです。


また、物語の末尾でも興味深い議論が展開されます。仔細は書きませんが、こうした願いが「暴力」になり得る所以、みたいなものが描かれているのです。登場人物曰く、人は親の境遇や出産の経緯など、何かを引き継ぐ形で生を受けます。作中ではこれを「仕組まれた」と表現していました。そうして「仕組まれた」命は、その通り生きるように育てられるのですが、他方、「モモ」や「汽水」ように、それに抗う性質も同時に持ち合わせており、それが反発することで「暴力」となるのです。


作品の転調がはじまり、ドライブしていく過程で離脱する方も少なからずいらっしゃるかと思います。しかし、読了した私からすると、それは勿体ないように思います。バイオレンスな側面だけでなく、「モモ」達の側面に立ち、彼らが世界をどのように受け止めるかを感じることで、世界の見方、常識が揺らぐことになるでしょう。




2025年1月30日木曜日

前・なぜ福祉の道を諦めるのか

 前回の更新から間が空いてしまいました。ついでに文末表現も変えてみようかと思います。私にとっては矢張り、慣れない常体は堅苦しくなってしまうらしく、慣れ親しんだ表現の方が伸び伸び書けるのではと思った次第です。



さて、タイトルにもある通り、私が福祉の道を諦めた経緯について話させて頂ければ幸いです。というのも、私の職場ではもう一人介護の道を挫折し、退職を決めてしまった方がいます。私よりも一回り下の、活気溢れる女性でした。彼女は残念ながら介護業界の体質に疲弊し、別の業界への転職を考えるようになっていったそうです。私も彼女とは何度か仕事を一緒にしたことはありますが、高齢者想いで、業務も卒なくこなしていました。

そしてそうした交流の中で一番の記憶に残っていることは、ある100歳を超えた入居者様の看取り期の出来事でした。その夜、私は夜勤業務に入り、たまたま遅出で入っていた彼女から申し送りを聞きました。

「今日は一段と元気もなく、SPO2(血中の酸素濃度)も低い状態です。いよいよの時は家族さんに連絡して下さいね。」

わたしはその言葉に了解し、業務にあたりました。そして、案の定といったところでしょうか。1時の巡視の際、居室に報室すると、入居者様の顎がやや上がり、天を仰いでいました。その呼吸はハァハァと一定のリズムを刻んでいる様でした。すぐにバイタル測定を行いましたが、酸素濃度も申し送り時点より下がっていました。別フロアの夜勤者に相談し、側臥位にして様子をみていたところ、バイタルは徐々に回復の兆しを見せました。「どうにか今日は持ちそうだね」という相方の返事に多少なりとも安心を覚えた私は、「これで大丈夫」と胸を撫で下ろしたことはよく覚えています。ところが朝の5時の巡視に行くと、あれ程激しかった呼吸もピタリと止まり、風船のように膨らんだり、縮んだりを繰り返していた胸も微動だにしていません。その四肢は末端まで血は通っておらず、濁った色が広がっていました。

私は結局家族様を呼べず仕舞だったのです。

とは言え、多少の後悔の念はあった反面、判断が間違っているとも言い切れず、ご家族様からも感謝されたため、さほど問題とは捉えず、その日の仕事を終えました。

ところが私の良心の代わりといいましょうか、叱ってくれたのが彼女でした。家族様は足繁く通っていたのに、なぜ呼ばなかったのか、と素朴で力強い疑問を、後日私に投げかけてきたのです。彼女の言葉を聞き、反省する反面、その内から、不思議と嬉しい気持ちが込み上げてきたのも感じました。決してマゾヒストのような心持ちではありません。どんな職業、どんな友達でも、正面から批判してくれる人間などそういない筈です。竹馬の友や同じ大学を受験した友人でも、本音で語ることは容易ではありません。それを年下の新卒と変わりない彼女が、入居者の為にやろうとしている事に何か感じずにいられましょうか。


ですが、そうした彼女が、この春、介護の世界から身を引いてしまいます。酸いも甘いもをある程度知っている私なら兎も角、フレッシュでエネルギーのある若者が業界に呆れてしまうのは大問題です。現に私達の業界ではそうした人々が後を絶ちません。

その問題を明確にするためにも、私個人の福祉業界での挫折を整理しく必要があるだろうと考えた次第です。次回に続きます。

2025年1月22日水曜日

石井光太著「本を書く技術」を読んで

 学者先輩のすすめで、ノンフィクションの勉強を始めようと思い、最初に手に取った一冊がこれであった。



実はノンフィクションにいい印象はあまりなかった。というのも、私が学生の頃、船でアジア圏数カ国を周遊しようという企画があり、私もその船に乗船していた。ところがあろうことか、太平洋の真ん中である学生が行方不明となり、船内は大騒ぎ。船内はおろか、舟ノ川も数日、事件前後の海域を探してくれたのだが、発見には至らなかった。女学生はパニックになり、失神者も何人か出はじめ、男子学生達の一部は陰謀論を唱えはじめ、自警団のような組織まで台頭し、船内は混乱を極めた。この自体を受けて、船側と学校側は航海を中止し、日本への帰国へと航路を変更したのである。

帰国後、真っ先に出迎えたのが地元の記者やジャーナリストと思しき人々であった。彼らは無神経にも、私達の写真を撮影したり、インタビューに答えさせようとした。

このような経験から、私はノンフィクションは下賤なのではないか、という印象がついてしまった。加えて、事実を記すことに興味すら沸かなかった為に、長らく嫌煙してきたジャンルなのである。


ところが本書を読み進めるにつれて、そうした誤解は払拭されていったのである。技術的や技巧については多くの方々が取り上げられている通りであるが、私が注目したのは、著者のノンフィクションに対する熱意と、それと同等にある責任である。事実は作家の角度や、そこに潜っていく深みによって、底にある濃い人間模様や社会的な意義を見出せる作品へと昇華される。また、本文末尾にあった、作家は「作品が現実に与える影響に対する責任」を負わなければならない、という箇所も印象的である。

そして読み終えた後、出てきた感想というものは、「ノンフィクション作家とは、なんと理性を試される仕事なのか!!」ということである。取材する態度はもちろんの事、事件、社会問題に対しる着眼の仕方、更には書き上げた上での責任の重大さ。私が考えていたノンフィクションはかけ離れ過ぎていて、実に幼稚なものだったと言わざるを得ない。

今後、この本の肩を借りるつもりで、以降の執筆にも力を注ぎたい次第である。

2025年1月19日日曜日

限界を超えて

 2025年が明けて、数日。特別養護老人ホームでユニットリーダーとして働いていた私は、「何か」に耐えながら働いていた。それが明確に言語化できれば、そこまで苦労はしなかっただろうし、疲弊もしなかっただろう。だが、常に何かに耐えながら業務をこなしていたことについては自覚していた。上司からのプレッシャー、部下からの同調的な圧力、そして際限なく訴えられる、期待の目を向けられる入居者からの要求。それらが私の内面を焦らせ、神経をすり減らしていった。



そして、1月10日の昼下がり。いつものようにキッチンでぼんやりと皿洗いをしていると、ある老婆が私に向かって、「冷たいお茶が飲みたいなぁ」と、何度も訴えてきたのである。その目は、自身の立場が曖昧でも、私が要求に応じてくれる存在であることは十分に理解していた。しかし、この入居者は水分摂取量がおおく、足全体に浮腫が広がっており、昨年末には靴下も履けないような状態だったのである。そうした事情から、私はおいそれと水分をこの華奢な老婆に出せないでいたのだ。

が、そんな私の逡巡など察するはずもなく、伝わっていないと思ったのか、或いは訴えたことを忘れたのか、老婆の声は一定の間隔で私の耳に入ってくる。その度に、私の内面ではふつふつと何かが煮えたぎるのを実感できた。途端に、この煮えたぎった熱湯か何かをこの老婆にかけてやりたい衝動が湧いてきた。だが、そうなれば悪者になるのはどちらか分かりきっていた。理性でどうにか歯止めをかけようとした私は、キッチンのシンクに手をかけたまま、その場にしゃがみ込んで耐えようとした。

数分たった後、非常階段の扉が開く音が聞こえてきた。(誰かが来た、立たないと。)そう思っていても、僅かに残っていた理性は私の膝を立たせてはくれなかったのだ。案の定、私は自分よりも一回りほど離れた介護補助の女の子によそよそしく心配されてしまったのである。その表情と対応を見た時、「もう限界なのかもしれない」と思った。


数日後、私はオンラインの心療内科を受診し、適応障害の診断を受けて、休職することにしたのである。


その数日後、私は知己にしている学者先輩に何度か相談してみた。その中で、どうやら私は介護業界特有の非常識的な文化にあてられていた事はたしかであるが、自己解決する実力もなく、そうかと言って会社に従属もできない、半端者である自覚が、私を押しつぶしていたのだろうという結論が出た。

正直に述べると、「文学考察」というブログの更新を止して以来、文章で何かを訴える、鑑賞に耐えうるものを綴ることは、すっかりと諦めて、一般の社会人として天寿を全うする予定であった。しかしそれは自身を偽り続けていたおり、心の隅では、分筆への憧れを捨てきれていなかったのであろう。

よって、今後のブログでは、これまでの介護人生で抱いてきた疑問を綴り、社会に提起することで、文筆の道を改めて歩んでいきたい。

「芋粥」‐芥川龍之介を解剖

 更新ペースを週二回にしようと心がけているつもりなのですが、どうにもうまくサイクルがつくれません。 週末は花粉症に悶えておりました。 読者の皆様も、花粉症には充分お気をつけください。 さて、今回は、芥川龍之介の短編です。 あらすじ 平安朝の頃、平凡でだらしがない風貌の五位(昇殿を...